水皿に顔を近づけた猫が、舌を出したり戻したりして水を飲む。見慣れたしぐさですが、あの小さな舌でどうやって水を口まで運んでいるのか、不思議に感じることはないでしょうか。
猫は、舌先に付着した水をすばやく引き上げ、舌と水面の間にできる水の柱を口で捉えています。速すぎて見えにくい一連の動きを、舌が水に触れるところからたどってみましょう。
舌が水面に触れてから、口へ届くまで
猫の水飲みを高速度撮影すると、舌の形だけでなく、水が伸びていく様子も見えてきます。水面に触れる、引き上げる、口を閉じるという順に分けると、そのしくみを捉えやすくなります。

①から③の順に一回の動きを示したイラストです。舌と水の動きを見やすくするため、形や距離は簡略化しています。
舌先を後ろへ曲げ、表側を水面に触れさせる
猫は舌を下へ伸ばすと、先端をあごの側へくるりと曲げます。このとき水に触れるのは、舌先の「表側」です。解剖学では背側と呼ぶ面ですが、舌先が折れ曲がっているため、水面に向いています。
水皿から飲むこの動作では、舌を水中へ深く差し込まず、舌先の表側を水面にそっと触れさせます。曲げた舌の内側のくぼみに、水をためているわけではありません。
舌を引き上げると、水も柱のように伸びる
舌先が水面に触れると、その表面に水が付着します。猫が舌をすばやく持ち上げると、水も引き上げられ、舌先と水皿をつなぐ短い柱のような形になります。これが水柱(すいちゅう)です。
水柱は、舌先についてきた一滴だけを指す言葉ではありません。下では水皿の水とつながり、上では舌先についている、ひと続きの液体です。舌が口の方向へ戻るにつれて水柱は伸び、次第に細くなっていきます。
水柱が切れる前に、口を閉じて一部を取り込む
猫は舌を戻しながら、水柱の上側を口で捉えるようにして口を閉じます。高速度撮影では、通常、水柱が途切れるより先に口の閉鎖が起きています。水柱のすべてが口へ入るのではなく、その一部を取り込む動きです。
つまり、舌先の接触から始まる一回の動作は、水を付着させる→柱状に引き上げる→口を閉じて捉えるという流れになっています。舌の動きに、口を閉じるタイミングが組み合わさって、水を口へ運べるのです。
水柱をつくる慣性と、引き戻す重力
水が舌について持ち上がるとしても、なぜすぐに落ちず、柱のように伸びるのでしょうか。ここで大きく関わるのが、慣性と重力です。
慣性とは、動いているものがその動きを続けようとする性質です。舌に引かれて上向きに動き始めた水も、その方向へ動き続けようとします。一方、重力は水を下へ引いています。この二つが同時に働くなかで、一瞬だけ、口へ届く水柱ができます。
水柱はその形を保ち続けられません。重力によって水が下へ流れるにつれ、柱は細くなり、やがて途切れます。猫が水を取り込めるのは、口を閉じる動きが、その短い時間に間に合っているからです。
表面張力も、この過程に関わります。水の表面を小さくしようとする性質で、とくに細くなった水柱の最後のくびれや分離に働きます。ただし、水を口の高さへ引き上げる動きの中心は、舌が生み出す水の慣性と、それに対する重力です。「表面張力だけで水が上がる」と捉えると、水柱の動きを十分には説明できません。
このしくみは、生きた猫の映像だけでなく、水面に触れたガラスの円盤を上へ動かす模型実験でも調べられました。円盤の下にも水柱ができることから、舌の動きと液体の性質を組み合わせて、猫の水飲みを理解できます。
水を運ぶのは、滑らかな舌先
猫の舌といえば、なめられたときのざらざらした感触を思い浮かべるかもしれません。そのざらつきをつくるのは、糸状乳頭(しじょうにゅうとう)という小さな突起です。しかし、水面に触れて水柱を引き上げる舌先は、この突起がない滑らかな部分です。
水飲みでは、突起の間に水をためて運ぶというより、滑らかな舌先への水の付着と、すばやい引き上げが役立っています。同じ舌でも、毛づくろいのときに目立つざらつきと、水を飲むときに働く部分を分けて見ると、動作の違いが分かります。
舌の突起や毛づくろいでの働きは、こちらの記事で詳しく紹介しています。
こうした接触から取り込みまでの動作は、ごく短い間に繰り返されます。2010年に報告された成猫10頭の測定では、舌で水を取り込む反復の頻度は平均で毎秒約3.5回でした。この速さが、肉眼で一回ごとの水柱を捉えにくい理由です。
この数値は、その研究で観察された水飲みの速さです。すべての猫が同じテンポで飲むという意味でも、健康状態を判定する基準でもありません。動きを理解するには、回数そのものより、接触・引き上げ・口の閉鎖がつながっていることに目を向けるとよいでしょう。
まとめ
猫が水を飲むときは、後ろへ曲げた舌先の表側が水面に触れ、付着した水をすばやく引き上げます。すると舌と水面の間に水柱ができ、猫はそれが途切れる前に口を閉じて、上側の一部を取り込みます。
滑らかな舌先、動きを続けようとする水の慣性、下へ引く重力、そして口を閉じるタイミング。いつもの小さな水飲みには、体の動きと水の性質がかみ合う、一瞬のやり取りがあります。





