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犬に鎖骨はない?前足と胴体を支える体のしくみ
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犬に鎖骨はない?前足と胴体を支える体のしくみ

「犬には鎖骨がない」と聞いたことがある人もいるかもしれません。人では、首のつけ根から肩へ伸びる鎖骨が肩甲骨と胸骨をつなぎ、腕と胴体を結ぶ骨の一部になっています。では、鎖骨のない犬の前足は、いったい何によって胴体につながっているのでしょうか。

実際には、「犬には鎖骨がまったくない」と言い切るのも正確ではありません。小さな鎖骨が残っている犬も多くいます。ただし、その鎖骨は人のように肩甲骨と胸骨を結ぶ骨の橋にはなっていません。

犬の前足と胴体をつなぐ中心にあるのは、肩甲骨のまわりに広がる筋肉です。さらに、肩甲骨そのものも胸郭に固定されているわけではなく、歩いたり走ったりするたびに位置や向きを変えています。

「犬には鎖骨がない」は、少しだけ言い換えが必要

10犬種50頭の成犬の鎖骨を調べたところ、その96%で骨化が確認されました。少なくとも、この結果からは「犬という動物には鎖骨そのものが存在しない」とは言えません。

ただし、犬の鎖骨は人のものとはかなり違います。人の鎖骨のように長く発達し、胸骨と肩甲骨をつないで肩を支える骨ではありません。犬では小さな鎖骨が上腕頭筋と呼ばれる筋肉の一部付近に組み込まれています。

そのため、「犬には鎖骨がない」という表現は、「犬には人のように肩を支える発達した鎖骨がない」と捉えると、実際の体のつくりに近くなります。

鎖骨が小さいこと自体よりも重要なのは、その鎖骨が前足と胴体を結ぶ骨の橋になっていないことです。犬の肩まわりを理解するには、ここから先の「では、何が代わりにつないでいるのか」に目を向ける必要があります。

前足と胴体をつないでいるのは、骨の橋ではなく筋肉

人では鎖骨を含む骨のつながりが、腕と体幹を結ぶ構造の一部になっています。一方、犬の肩甲骨と胸郭の間には、それに相当する硬い骨のつながりがありません。

犬の前足は、肩甲骨を介し、主に複数の筋肉によって胴体とつながっています。こうした筋肉を中心としたつながりは、専門用語で「筋肉による結合」(synsarcosis)と呼ばれることがあります。

これは、肘や膝のように骨と骨の関節面が向かい合う関節とは異なります。肩甲骨は胸郭の外側にあり、その周囲の筋肉や軟らかい組織を介して体幹に支えられています。

この構造は「筋肉のスリング」と表現されることもあります。胸郭を左右の前足の間で筋肉が支える様子をイメージしやすい言葉です。

「筋肉のハンモック」は便利なイメージだが、少し単純化されている

「筋肉のハンモックに胴体が吊られている」と考えると、骨で直接つながっていない構造は想像しやすくなります。ただ、実際には一本のハンモックのような筋肉があるわけではありません。

肩甲骨と胴体の間には複数の筋肉があり、それぞれが同じ仕事をしているわけでもありません。体の重さを支える筋肉、肩甲骨の位置を安定させる筋肉、前足を前後へ動かす筋肉などが組み合わさっています。

つまり、犬の前足は「筋肉にぶら下がっている」というよりも、複数の筋肉が肩甲骨を支え、その位置を調整しながら、前足と胴体の間で力を伝えていると考える方が実際に近いでしょう。

支える筋肉、安定させる筋肉、動かす筋肉がある

肩甲骨のまわりには多くの筋肉がありますが、すべての名前を覚える必要はありません。前足と胴体の関係は、「体を支える」「肩甲骨を安定させる」「前足を動かす」という役割に分けると見えやすくなります。

体を支える中心になる腹鋸筋

体を支える役割で特に重要なのが、腹鋸筋です。平地を速歩する犬の筋電図を調べると、腹鋸筋のうち胸側にある部分が、重力に抗して体幹を支える主要な筋肉として働いていました。犬が前足を地面につけている間、この筋肉が肩甲骨と胸郭の間で力を受け持ちます。

同じ腹鋸筋でも、首側にある部分は少し役割が異なります。こちらは菱形筋などとともに、肩甲骨の位置や前足の支持点を安定させる働きを担います。

「筋肉のスリング」といっても、複数の筋肉が一様に体重を吊っているわけではなく、支える役割と位置を整える役割が分かれていることがわかります。

同じ肩周りの筋肉でも、役割は一つではない

犬が歩くときには、前足を地面から離して前方へ運び、次の接地へ向けて動きを整える必要もあります。その過程では、上腕頭筋や肩甲横突筋などが前足を前方へ運ぶ動きに関わります。一方、広背筋や深胸筋などは、前へ振り出された前足を接地前に減速させます。

肩まわりの筋肉は、胴体を支えるだけではありません。前足を動かしてその動きを整え、再び地面についたときには肩甲骨を安定させます。それぞれの筋肉が異なるタイミングで働くことで、一歩の動きが生まれます。

犬の肩甲骨は、歩くたびに位置と向きを変えている

犬の肩甲骨は、背中に固定された板のような骨ではありません。前足と胴体の間に硬い骨性連結がないため、歩いたり走ったりするときには胸郭に対して動きます。

犬の前足の動きを三次元的に調べると、肩甲骨の回旋が前肢の動きの主要な要素であることがわかります。また、犬の筋骨格モデルでも、肩甲骨が前後・上下へ位置を変えることを含めなければ、実際に観察された筋肉の働きをうまく再現できませんでした。

肩関節だけで前足を振っているわけではない

前足を前へ伸ばす動きを見ると、「肩の関節が大きく動いている」と考えたくなります。しかし、犬では二つの動きを分けて考える必要があります。

一つは肩甲骨と上腕骨の間にある肩関節の動き、もう一つは肩甲骨そのものが胴体に対して向きや位置を変える動きです。

前足全体が動く範囲は、この二つが組み合わさって生まれています。肩甲骨が胸郭に硬く固定されていないことは、単に骨が一つ少ないという話ではなく、肩甲骨そのものを動きの一部として使える構造につながっています。

犬が歩いたり走ったりする姿を見るとき、前足の付け根だけでなく、その少し上にある肩甲骨まで一緒に動いていると考えると、体の使い方をイメージしやすくなります。

「鎖骨がないから速く走れる」とまでは言えない

鎖骨による硬い骨の橋がなく、肩甲骨そのものが動けることは、犬が前足を前後へ運ぶ歩行や走行の仕組みとよく合っています。肩甲骨の回旋や移動も、前足全体の運動に関わっています。

接地したときには、腹鋸筋の胸側の部分が体幹を支え、腹鋸筋の首側や菱形筋などが肩甲骨の位置を安定させます。前足を動かせるだけではなく、地面についた前足の上で体を支える働きも、筋肉によって調整されています。

ただし、ここから「鎖骨がないから犬は速く走れる」と結びつけることはできません。確認できるのは、発達した鎖骨による硬い固定がなく、肩甲骨を動かせる構造が犬の歩行・走行を支えているというところまでです。「速く走るために鎖骨が退縮した」「鎖骨がないことが走る速さの原因になった」という進化上の因果関係までは確認されていません。

犬の肩まわりの特徴は、「速く走るための仕掛け」という一つの理由にまとめるよりも、体を支えながら、肩甲骨を動かすこともできる仕組みとして捉える方が、実際の体のつくりに近いでしょう。

まとめ

「犬には鎖骨がない」という言葉は、犬と人の体の違いを知る入口にはなります。ただ、実際には小さな鎖骨が残っている犬も多く、違いの中心は鎖骨の有無そのものではありません。

犬では、人のように発達した鎖骨が肩甲骨と胸骨を結んでおらず、前足と胴体は主に肩甲骨まわりの筋肉を介してつながっています。その筋肉は、体を支えるだけでなく、肩甲骨の位置を安定させたり、前足を前後へ動かしたりする役割も担っています。

そして肩甲骨自体も、歩く・走る動きに合わせて位置や向きを変えます。犬の前足は、骨で硬く固定するのではなく、筋肉で支えながら肩甲骨を動かせる構造になっています。この視点で見ると、いつもの散歩や走る姿にも、肩まわりの複雑な動きが重なっていることが見えてきます。

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