家具の角やケージ用品に近づいたうさぎが、あごの下をすっとこすりつける。ときには、飼い主の手や足にも同じ動きをすることがあります。何度も目にすると、「あごがかゆいのかな」「何かを伝えているのかな」と気になるかもしれません。
この動きは、行動学で「チニング(chinning)」と呼ばれる、においづけのひとつです。基本的には自然な行動なので、それだけを理由にやめさせる必要はありません。ただし、「あごをこすっている」という見た目だけで、いつものチニングなのか、口元などに違和感があるのかを判断することはできません。
あごをこするのは、うさぎの「においづけ」のひとつ
うさぎが物にあごの下面をこすりつける行動は、「チニング」「あごによるマーキング(chin marking)」と呼ばれます。あごの下にある臭腺の分泌物を対象につける、においによるマーキングです。
あごの下にはにおいを出す臭腺がある
うさぎのあごの下には、下あごの皮膚にある臭腺があります。チニングでは、この部分を家具や用品などに触れさせて分泌物を残します。
そのため、家具の角にあごをすべらせるような動きは、必ずしも「かゆくてこすっている」わけではありません。うさぎに備わった自然なにおいづけとして説明できる行動です。
動物福祉団体RSPCAは、あごの分泌物によるマーキングを、うさぎがにおいを使ってコミュニケーションする方法のひとつとしています。分泌物のにおいは、うさぎにとって意味を持つ一方、人には通常気づかれにくいものです。
「これは自分のもの」「好きだから」と決めつけなくてもいい
うさぎのチニングは、「これは自分のもの」という印をつけていると説明されることがあります。縄張りとの関係もあるため、まったく外れた説明ではありません。ただし、実際の役割はそれだけではありません。
野生のうさぎや家庭で暮らすうさぎでは、ほかのうさぎが残したマーキングにどう反応するか、社会的な関係とどう結びつくかも研究の対象です。チニングは「所有」を表す行動というより、においを通じたコミュニケーションの一部として捉えるのが自然です。
飼い主へのチニングも「愛情」とは限らない
飼い主の手や足にあごをこすりつけることも、同じチニングと考えられます。人も、うさぎがにおいづけする対象になることがあるということです。ただし、飼い主へのチニングが「好きだから」「あなたを自分のものだと思っている」と直接示すとは限りません。
飼い主に近づいてあごをこすってくる姿を楽しむことと、その行動にひとつの感情を決めつけないことは両立します。「自分にもにおいをつけているんだな」くらいに受け取ると、分かっている範囲から離れずに眺められます。
新しい物にしたり、何度も繰り返したりすることもある
うさぎによっては、新しい物を置いたときにチニングが目立つことがあります。家庭で暮らすうさぎを対象にした実験では、物体に慣れるにつれてチニングが減ったあと、見た目の異なる新しい物へ交換すると再び増えました。また、ほかのうさぎがマーキングした物に対し、もう一度マーキングする行動も確認されています。
ただし、「新しい家具なら必ずあごをこする」という意味ではありません。チニングの頻度そのものにも、うさぎごとの差があります。
回数だけで多すぎるとは判断できない
チニングを多くする個体と少なくする個体の違いは、比較的安定していることもわかっています。一方、家庭で「1日に何回までなら正常」と判断できる基準は、明らかになっていません。何度も同じ家具にあごをこするからといって、その回数だけで異常やストレスと結びつけることはできません。
いつもよくチニングするうさぎなら、それがその子の普段の行動である場合もあります。回数そのものより、「これまでと動き方が違うか」「ほかにも変わったところがあるか」に目を向ける方が、次の判断につながります。
自然なチニングなら、無理にやめさせなくてよい
チニングは、うさぎにとって自然なにおいづけです。マーキングだからという理由だけで、叱ったり、そのたびに引き離したりする必要はありません。動物福祉団体RSPCAも、あごの分泌物などでマーキングできる物や場所を用意することを、うさぎの自然な行動に配慮した環境づくりとして挙げています。
また、チニングは「あごの下をこすりつける」行動です。家具をかじる、引っかくといった行動とは分けて考えます。
困る場所では「行動」より「環境」を調整する
あごをこすりつけようとしている物そのものが危険だったり、近づいてほしくない場所だったりする場合は、チニングを叱って止めるより、その対象へ近づけないように環境を調整しましょう。見るところは、「マーキングしているか」ではなく、「その場所で普段どおりの行動をしても安全か」です。
心配なときは、あごをこする回数より「ほかの変化」を見る
自然なチニングでは、物へ近づき、あごの下面を短くこすりつけたあと、また普段の行動へ戻ります。ただし、似たように見える「こする」動きが、口元や皮膚の違和感と重なることはあります。チニングらしい動きか迷ったときは、回数だけでなく、身体や普段の暮らしに変化がないかも合わせて確認します。
あごや口元に変化がないか
あごや口元では、次のような違いがないか見てみます。
- よだれが増え、口元やあごの毛が濡れている
- あご周辺に赤みや脱毛、炎症がある
- 腫れやしこり、これまでなかった左右差がある
- 顔や口元を何度もしつこくこすったり、掻いたりしている
歯科疾患では、よだれや食べにくさなどがみられることがあります。また、皮膚の問題では、かゆみとともに脱毛や炎症を伴うことがあります。
いつものように物へあごをすっとこすりつける動きと、身体の同じ場所を繰り返し気にしている動きとでは、見え方も少し異なります。
食べ方や元気も普段と比べる
口元だけでなく、食事や排便、活動の変化も判断材料になります。たとえば、食べにくそうにしている、食欲が落ちている、便の量が減っている、普段より明らかに静かになっているといった変化が重なっている場合は、「いつものにおいづけ」とだけ考えず、獣医師へ相談する材料になります。反対に、短いチニングをしたあとも普段どおりに食べ、動き、排便していて、あごや口元にも変化がなければ、自然なにおいづけとして捉えやすくなります。
まとめ
うさぎが家具や飼い主へあごをこすりつけるチニングは、あごの下にある臭腺を使った自然なにおいづけです。「かゆいのでは」とすぐ心配したり、マーキングだからとやめさせたりする必要はありません。同時に、「これは自分のもの」「好きだから」とひとつの意味へ置き換えなくても、うさぎがにおいを使って周囲と関わっている行動として眺められます。
気になる変化があったときは、チニングの回数を数えるより、動き方、あごや口元の状態、食べ方、食欲、排便、活動性を普段と比べてみましょう。その視点があると、自然な行動をそのまま残しながら、別の変化にも気づきやすくなります。





