犬を迎える準備というと、食器や寝床をそろえたり、散歩の時間を考えたりすることが浮かぶかもしれません。そこに「飼い主になる人が講習を受ける」という準備を加えた国があります。
オーストリアでは、2026年7月から、新たに犬の飼育を始める人に、一定の例外を除いて理論と実践の講習を求める全国共通の制度が始まりました。犬に何かを教える前に、人が犬との暮らしを学ぶ機会を設けています。
誰が、いつ、何を学ぶのでしょうか。首都ウィーンで先行していた取り組みにも触れながら、飼い主の学びと動物福祉のつながりを見ていきます。
犬を迎える前に、人が学ぶ時間を設ける
この制度は、飼育に必要な知識を身につけたことを示す「飼育知識の証明(Sachkundenachweis)」と呼ばれます。2024年の動物保護法改正で全国導入が定められ、2026年7月1日から適用が始まりました。
連邦政府が掲げる狙いは、衝動的に動物を購入することを防ぎ、世話に伴う責任を理解してもらうことです。犬と暮らすための知識を、迎える前の準備として制度に組み込んでいます。
ウィーンでは、全国導入より前の2019年7月から、過去2年間に犬を飼っていない人などに理論講習を求めてきました。犬を迎えた後に世話を持て余してしまう背景には、生活との相性を考えきれなかったことや、犬の欲求・伝え方を知らなかったこともある、という問題意識がありました。
「犬を飼いたい」という気持ちを、毎日の世話や関わり方まで具体化する。 講習には、飼い主になる前に、そのための時間を確保する役割があります。
理論は迎える前、実践は犬と暮らし始めてから
犬の講習は、迎える前に受ける理論と、迎えた犬と一緒に受ける実践の二段階です。免除の条件に当てはまらない場合、次の時期と時間が基本になります。
| 講習 | 時間 | 受講する時期・条件 |
|---|---|---|
| 理論 | 少なくとも4時間 | 犬の飼育を始める前 |
| 実践 | 2時間 | 飼育開始から12か月以内。参加する犬は生後6か月以上 |
理論で暮らしの土台を学び、その後、実際に迎えた犬との関わり方を確かめます。実践は飼い主本人が自分の犬と参加するもので、受講した犬のマイクロチップ番号も証明書に記載されます。
保護施設から迎える犬が、以前の飼い主と実践講習を受けていた場合でも、新しい飼い主が免除に当てはまらなければ、改めて一緒に受けます。犬の受講歴だけで済む仕組みにはなっていません。
同居する家族全員に受講義務があるわけでもありません。対象は、犬を家庭で飼い、ペットの登録データベースで飼い主として登録される人です。ただし、連邦省は、世話をするほかの家族にも受講を勧めています。
学ぶのは、犬の気持ちと毎日の関わり方
理論講習では、食事や健康管理に加え、犬の成長、人や仲間との関わり、休息、活動、飼育費用を学びます。迎える犬の出自や、動物に苦痛をもたらす特徴を受け継がせる繁殖についても、講習の内容に含まれます。
犬とのコミュニケーションも大きな柱です。ストレスや恐怖、相手との対立を避けようとするサインを読み取ること、人と犬の間で起こりやすい誤解、報酬を使って望ましい行動を増やす教え方を扱います。
「静かにしているか」「言うことを聞いたか」だけでは、犬がどんな状態かを十分に捉えられないことがあります。講習で休息や体の動きも学ぶ内容になっている点からは、人にとっての扱いやすさに加え、犬がどう過ごしているかを考える視点が読み取れます。
実践では、いつもの暮らしで困る場面を確かめる
実践講習では、リードやハーネス、口輪といった道具の適切な使い方、犬の体の動きの理解、ほかの犬や自転車、子どもと出会う場面への対応を扱います。暮らしの中で犬が受ける刺激や、飼い主が迷いやすい状況が学習の対象です。
参加にあたって、犬が特定の命令や一連の動作をすでに習得していることは、原則として求められていません。犬が飼い主や周囲の環境に慣れていることを前提に、飼育や犬を連れて歩く際の困りごとを取り上げ、対応の手がかりを探します。
実践には、人と犬の関係を確かめ、飼い主が困っている場合に助言する機会をつくる目的もあります。その犬と暮らすうえで必要な工夫に気づき、受講後の学びにつなげる入口と捉えられます。
経験者の免除と、地域ごとのルールがある
全国制度には、飼育経験や専門的な資格に応じた免除があります。そのため、オーストリアの飼い主全員が、犬を迎えるたびに同じ講習を受ける必要があるわけではありません。
理論と実践の両方が免除される代表的な例は、次のとおりです。
- 新しい犬を迎える時点ですでに犬を飼い、その事実を所定のデータベースへの登録で証明できる人。
- 現在は犬を飼っていなくても、過去2年以内に犬を飼っており、その飼育期間が少なくとも2年間あったことを登録で証明できる人。
- 獣医師など、規定で定められた専門資格や立場に該当する人。
ほかにも、一定の飼育経験と犬に関する教育の修了を組み合わせた免除があります。大切なのは、単に「昔、家で犬を飼っていた」という記憶だけでなく、本人の経験や学習を、定められた条件で証明できるかという点です。
一方、動物保護法に基づいて当局が犬を取り上げた後には、こうした免除によらず講習を求める特則があります。経験者であれば、どのような事情でも受講を免れるわけではありません。
ウィーンの従来講習と、全国制度の関係
全国制度への移行にあたり、2027年6月30日までに州法に基づいて取得した理論の証明は、全国制度の理論部分を免除する対象になります。実践にも別の認定規定があるため、理論の証明を持っていることと、実践まで済んでいることは分けて考えます。
ウィーン市も、移行期間中に従来の市の制度による講習が提供されている間は、その証明を新制度の理論部分として認めると案内しています。従来の理論講習を受けた人でも、実践の免除条件に当てはまらなければ、犬と一緒に学ぶ時間が必要です。
また、全国共通の制度になっても、受講方法のすべてが同じになるわけではありません。共通教材を使う一方で、理論講習をオンラインで行うか、筆記試験を設けるかなどは、州が決められます。ウィーン市は理論・実践とも対面で行うとしています。
受講した全国制度の講習は、別の州へ引っ越しても有効ですが、転居先の州法による追加の要件がないかは確認が必要です。実際に現地で犬を迎える場合は、飼育する州の案内で、受講先・免除・追加の手続きを確かめることになります。
学んだ知識を、その犬との暮らしにつなげる
オーストリアの講習は、迎える前に知識を得ることと、迎えた犬と実際に学ぶことを組み合わせています。飼い主が知っておくべきことを示すだけでなく、学ぶ機会そのものを用意する取り組みです。
もちろん、講習を受けることだけで、その後の困りごとがすべて解決するわけではありません。衝動的なお迎えを防ぐという制度の目的と、実際に飼育放棄や事故がどれだけ減ったかという成果も、分けて見る必要があります。
日本で暮らす私たちにとっては、犬を迎える前の勉強と、迎えてからの学び直しを、ひと続きの準備として考えるヒントになります。たとえば「犬が怖がっているときの伝え方を知っているか」「散歩で困ったときに接し方を一緒に考えてくれる人がいるか」と、自分の知識や相談先を確かめてみることができます。
迎える前に知識と責任を確かめる仕組みは、フランスの証明書制度にもあります。どのような方法で準備を支えるのかを読み比べると、制度ごとの考え方が見えてきます。
犬との暮らしでは、知っているつもりだったことも、その犬と過ごす中で学び直す場面があります。迎える前に学ぶ時間と、暮らし始めてから相談する機会。その両方を持つことが、犬と人の毎日を支える準備になるのではないでしょうか。






